Quantcast
Channel: NBAヒストリー(ひばち)
Viewing all articles
Browse latest Browse all 524

Sacramento Kings 92年オフ

$
0
0

王92年オフ

 

ミッチ・リッチモンドを軸にしたチーム作りが本格的に始まる、といったところでしょうか。まずはHCです。

 

【ウォリアーズ・コネクション】

 

暫定HCだったレックス・ヒューズはチームを去り、ゲーリー・セントジーンが新HCに就任しました。

 

セントジーンはNBAでの選手経験もHC経験もなく、カレッジ時代もバスケットをプレイしていなかった異色の人。

キャリアのスタートは高校のHCで、NBAではバックス、ネッツ、ウォリアーズでACを務めてきました。

バックス、ウォリアーズではドン・ネルソンのもとで研鑽を積んでおり、アップテンポなバスケットを目指します。

 

ACにはマイク・シューラー、デイブ・ウォールを招聘。

シューラーは昨シーズン途中までクリッパーズのHCを務めており、87年にはブレイザーズでコーチ・オブ・ザ・イヤーを受賞しています。

 

ウォールは、NBAではAC歴の長い人。直近ではヒートのACを創設から3年間務めました。

HCとしては、ネッツで指揮を執ったことがありますが、2シーズンと1ヶ月ほどで解任されています。

 

【期待のルーキー】

 

ドラフトでは1巡目第7位指名権を使ってメリーランド大のウォルト・ウィリアムスを指名。

 

ウィリアムスは6フィート8インチのスウィングマン。

ハイソックスがトレードマーク。4年次にマークしたシーズン776点は同大の記録です(バイアスを抜いて)。

 

突然ですが、80年代後半のメリーランド大は危機的な状態でした。

 

・86年にレン・バイアスがドラフト直後に逝去。

・当時のレフティ・ドリーセルHCがバイアスの死&それに伴う不祥事の発覚などで辞任。

・後任のボブ・ウェイドが立て直しを誓うも、リクルートや選手への対応でNCAAの規定違反を犯し(更にそのことでNCAAに嘘を吐き)、3年で辞任。

 

ウェイドの行為に対するNCAAからのペナルティは重く、88年のNCAAトーナメント出場は記録から抹消。

更に、メリーランド大は91・92年のポストシーズン出場停止+90~91シーズンのテレビ中継がなしになってしまいます。

 

ウィリアムスが入学したのはウェイド体制の3年目。

つまり在学期間がペナルティ期間と重なるわけですが、ウィリアムスは他校へ移ったりしませんでした。

この厳しい時期に中心選手として活躍したウィリアムスの存在は、同校にとって非常に大きいようです。

 

NBA入り以降はシューター化していきますが、この頃は、オールラウンドに活躍できるスコアラーといった感じ。

速攻でのボール捌きなどPGのようで、その多彩さからか「マジックⅡ世」とも呼ばれていました。

「ザ・ウィザード」という愛称もあります(たぶんこっちの方が有名)。

 

因みに2巡目ではモアヘッド州立大のブレット・ロバーツというSFを指名。

昨シーズンのNCAAディビジョンⅠの得点王でした。

 

この人はロスターに残れず、今後もNBAではプレイしませんが、91年にMLBのツインズからドラフト指名を受けており、今後マイナーリーグなどで野球をやります。
 

【FA戦線は地味】

 

デニス・ホプソンは引き留めず、ドウェイン・シンサスレス・ジェプセンらも解雇。

ビンセント・アスキューマーティ・コンロンと契約。

 

アスキューは6フィート6インチのスウィングマン。

90~91シーズンの終盤にウォリアーズに加入してからキャリアが安定し、昨シーズンは初めてローテーション入りを果たしました。

コンロンは6フィート10インチのビッグマン。

NBAデビューは昨シーズンのソニックス。90年のオフに一度キングスと契約を結んだことがあります。

 

ところで、ウィリアムスとの契約交渉は難航。

開幕まであと一週間ほどという10月末にようやく決着がつきました。

内容は6年間1300万ドル以上。4年目の後(96年オフ)にFAになれる権利があります。


Viewing all articles
Browse latest Browse all 524

Trending Articles